ビジネスケースとは?何のために作る?
ビジネスケース(business case)は、プロジェクトに資金と人を使う価値があることを示す文書です。組織は、限られた予算をどのプロジェクトに使うかを決めなければなりません。その判断材料がビジネスケースです。
ビジネスケースが答える問いは、ひとことで言えば「なぜ、今、このやり方で、これをやるのか」です。課題や機会があり、解決する方法がいくつかあり、その中でこの案がいちばん割に合う、という筋道を示します。
作るのは、多くの場合スポンサーや事業部門です。PM はまだ任命されていないこともあります。ただし PM は、任命された後にビジネスケースを読み込み、目的を理解しておく必要があります。判断に迷ったときの拠り所になるからです。
ビジネスケースに書く内容は?(課題・選択肢・費用対効果)
決まった様式はありません。組織のテンプレートがあれば、それに従います。多くの組織で共通する項目は次のとおりです。
| 項目 | 書く内容の例 |
|---|---|
| ビジネスニーズ | 解決したい課題、つかみたい機会、守るべき規制など。なぜ今なのか |
| 現状の分析 | 現在どれだけ損をしているか、何ができていないか(数字で) |
| 選択肢 | 何もしない、既製品を買う、自社で作る、外部に委託する など |
| 費用と便益 | 各選択肢の初期費用・運用費用と、期待できる便益(売上増・コスト減・リスク減) |
| 評価 | 回収期間、BCR(便益費用比)、NPV(正味現在価値)などで比べた結果 |
| リスクと前提 | 便益が出なくなる要因、前提にしている条件 |
| 推奨案 | どの選択肢をなぜ推すか。成功を何で測るか |
大事なのは「何もしない」を選択肢に入れることです。何もしない場合と比べないと、投資の価値が分かりません。
便益は「効率が上がる」ではなく「月200時間の作業が減る」のように、測れる形で書きます。それが後で、成功の指標や便益の測定につながります。
費用対効果はどう比べる?(回収期間とBCRの計算例)
選択肢の比べ方を、架空の例で確かめます。手作業の多い業務を改善する案です。何もしない場合と比べて、年500万円分の作業が減る(便益)とします。
BCR = 便益の合計 ÷ 費用の合計
- 1B:便益 500 × 5 = 2,500万円、費用 300 + 200 × 5 = 1,300万円 → 2,500 ÷ 1,300 ≒ 1.92
- 2C:便益 2,500万円、費用 1,200 + 100 × 5 = 1,700万円 → 2,500 ÷ 1,700 ≒ 1.47
どちらも1を上回るが、B のほうが割がよい
当サイトの架空の例。BCR は小数第3位を四捨五入
| 項目 | A:何もしない | B:クラウドサービスを使う | C:自社で開発する |
|---|---|---|---|
| 初期費用 | 0 | 300万円 | 1,200万円 |
| 毎年の費用 | 0 | 200万円(利用料) | 100万円(保守) |
| 毎年の便益 | 0(比べる基準) | 500万円 | 500万円 |
| 毎年の純便益(便益−費用) | 0 | 300万円 | 400万円 |
| 回収期間(初期費用÷毎年の純便益) | — | 1年 | 3年 |
| 5年間の純便益の合計 | 0 | 1,200万円 | 800万円 |
この例では、回収期間・5年間の純便益・BCR のどれで見ても B が有利です。ただし、結論は前提で変わります。10年使う前提なら、純便益の合計は B が2,700万円、C が2,800万円で、C が上回ります。前提をビジネスケースに書いておくのは、このためです。
BCR の考え方は費用便益分析とBCRの計算方法で詳しく扱います。お金の時間価値まで考えるなら、NPV(将来のお金を今の価値に直して比べる指標)を使います。
ビジネスケースとプロジェクト憲章はどう違う?
ビジネスケースは投資する理由、プロジェクト憲章は始める許可です。順番は、ビジネスケースで投資が決まり、それを前提に憲章が承認されます。
- 1
ビジネスニーズ
課題・機会・規制対応
- 2
ビジネスケース
選択肢を比べ、投資する価値を示す
- 3
投資の承認
スポンサーや投資委員会が判断
- 4
プロジェクト憲章
プロジェクトを正式に始め、PMに権限を与える
- 5
実行中の見直し
前提が変われば価値を再評価する
- 6
便益の実現
引き渡し後に、便益を測る
当サイトの整理
| 文書 | 答える問い | 主に作る人 | いつ使う |
|---|---|---|---|
| ビジネスケース | なぜ投資する価値があるか | スポンサー・事業部門 | 始める前の投資判断と、途中の見直し |
| ベネフィット実現計画 | 便益をいつ、どう測り、誰が追うか | スポンサー・事業部門(PM も協力) | 始める前に作り、終わった後も使う |
| プロジェクト憲章 | プロジェクトを始めてよいか、PM に何を任せるか | スポンサーが承認して発行 | 投資が決まった後の出発点 |
ビジネスケースはプロジェクトの外側(組織の投資判断)に属する文書で、憲章はプロジェクトの内側の出発点です。ビジネスケースの審査を、PMO や投資委員会が担う組織もあります。便益の追い方は、ベネフィットマネジメントとはで扱います。
2026年版ECOではどこで問われる?旧版との違い
2026年版のECOのタスク文に「ビジネスケース」という語は出てきません。関わるのは次の2つのタスクです。
- Business1(ガバナンス):成功の指標を決める。ビジネスケースに書いた便益は、そのまま成功の指標の元になります。
- Process3(価値に基づく提供):ビジネス価値を確かめ続けること、便益を追う測定の仕組みがあるかを確かめること、など。
旧版(2021年版)では、便益と価値は Business Environment のタスク2「便益と価値を評価し提供する」でした。2026年版では、このタスクの内容が Process3「価値に基づく提供」に移りました。便益を追う測定の仕組みや、価値を示す提供方法の評価などです。旧 Process1「ビジネス価値を届ける」の内容も、同じ Process3 にまとめられています。
その結果、Business Environment は、ガバナンス・順守・変更・課題・リスク・改善・組織変革・外部環境の8タスクになりました。ビジネスケースの「価値を確かめ続ける」側面は Process で問われます。「成功の指標を決め、判断の仕組みに乗せる」側面は Business で問われる、と考えると整理しやすくなります。
途中で価値を見直すのはいつ?
ビジネスケースは、作った時点の前提にもとづいています。前提が崩れれば、価値も変わります。見直すべき主な場面は次のとおりです。
- フェーズの区切り(フェーズゲート):次のフェーズに進む前に、まだ投資する価値があるかを確かめます。
- 大きな変更の前:費用や期限が大きく変わる変更は、ビジネスケースの数字を変えます。
- 外部環境の変化:競合が先に同じ製品を出した、規制が変わった、為替が大きく動いた、など(外部環境の変化への対応)。
- 大きなリスクが現実になったとき:費用が膨らみ、便益を上回りそうなとき。
アジャイルでは、プロダクトオーナーがバックログの価値を常に見直します。それでも、プロダクト全体として投資を続ける価値があるかは、定期的にスポンサーと確かめます。
中止を判断するのは誰?PMは何をする?
プロジェクトを中止するかどうかを決めるのはスポンサーです。運営委員会(ステアリング・コミッティ)や投資委員会などのガバナンスの機関が決める組織もあります。PM ではありません。
PM の役目は、価値が見込めなくなったことに気づいたら、事実と影響を整理して、早く上げることです。言い出しにくいからと黙って続けるのは、組織のお金を無駄にし続けることになります。
続けるか止めるかは、これから先にかかる費用と、これから得られる価値で判断します。すでに使った費用は、どちらを選んでも戻らないので判断に入れません(サンクコストとは)。
中止は失敗ではありません。価値のないプロジェクトを早く止めて、資源を別の価値ある仕事に回すのは、ガバナンスが正しく働いた結果です。中止が決まったら、終結の手続き(成果物の扱い、契約の終了、教訓の記録)を行います。
「続けるか、上げるか、止めるか」を選ぶ問題は、2026年版の試験に入ったケーススタディ形式でも問われうる型です。無料模試30問で実際の選択肢の並びを確かめてみてください。
確認問題1
前提が崩れた
(当サイトの独自問題)新製品の開発が6か月目に入りました。ビジネスケースは「競合にない機能で市場シェアを取る」ことを前提にしています。ところが先週、競合が同じ機能を持つ製品を安い価格で発売しました。チームは予定どおり進んでいます。プロジェクト・マネジャーが次に行うべきことはどれか。
選択肢を押すと、正誤と解説が表示されます。
正解と解説を見る
正解:3。ビジネスケースの前提が崩れたので、投資の価値をもう一度確かめる必要があります。影響を整理してスポンサーに上げ、続けるか、方向を変えるか、止めるかの判断を仰ぎます。
1:進み具合が順調でも、価値が失われていれば意味がありません。2:前倒しで価値が戻るかは分からず、方向を変える判断をスポンサー抜きで進めています。4:中止を決めるのはスポンサーで、PM が独断で止めることはできません。
確認問題2
便益を測る人がいない
(当サイトの独自問題)業務システムの更新プロジェクトが終盤です。ビジネスケースには「稼働後1年で処理時間を30%短縮」と書かれています。しかし、稼働後に誰がどう処理時間を測るのかは決まっていません。プロジェクトチームは稼働の1か月後に解散します。プロジェクト・マネジャーが次に行うべきことはどれか。
選択肢を押すと、正誤と解説が表示されます。
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正解:4。便益の多くは、プロジェクトの終了後に出ます。測定の仕組みと、それを引き継ぐ担当(便益のオーナー)を、引き渡しの前に決めておきます。
1:解散前の測定では、1年後の便益は確かめられません。2:担当と方法の合意がないまま一文を書いても、測定は行われません。3:チームを1年残すのは費用がかかり、業務部門が測るほうが自然です。
確認問題3
ビジネスケースの選択肢
(当サイトの独自問題)あなたは、スポンサーがビジネスケースを作るのを手伝っています。案は「自社でシステムを作る」と「既製のクラウドサービスを使う」の2つで、どちらも費用と便益を比べてあります。スポンサーは、この2案で投資委員会に出すつもりです。プロジェクト・マネジャーが次に行うべきことはどれか。
選択肢を押すと、正誤と解説が表示されます。
正解と解説を見る
正解:2。投資の価値は、何もしない場合と比べて初めて分かります。何もしない場合の損失(現状のコストや機会損失)を基準として加えると、委員会が判断しやすくなります。
1:比較の材料を減らすと、判断の根拠が弱くなります。3:投資判断の前に詳細設計を進めると、却下されたときに無駄になります。4:ビジネスケースは、推奨案まで示すのが一般的です。